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東京地方裁判所 昭和45年(レ)150号 判決

控訴人 黒崎忠司

右訴訟代理人弁護士 浜田龍信

被控訴人 亀山美恵子

同 カーディナルエンタープライズ株式会社

右代表者代表取締役 ビリー・コスビー・ランビー

右両名訴訟代理人弁護士 江副達哉

主文

本件控訴は、これを棄却する。

控訴費用は、控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、控訴の趣旨として

原判決を取消す。

被控訴人らは、控訴人に対し、別紙物件目録記載の建物を明渡し、かつ、各自昭和四四年九月一日から明渡済に至るまで一ヶ月金二五、〇〇〇円の割合による金員を支払え。

訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人らの負担とする。

との判決を求め、被控訴代理人は、主文と同旨の判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張及び証拠の関係は、次に付加するほか原判決事実摘示と同一であるから、これを引用する。

控訴代理人は、当審において、原判決事実摘示中の請求の原因第二項の全部、同第三項中の「が、同被告はその後も引続き本件建物を占有している」との部分及び同第四項中の「何らの権原なく」との部分はいずれも削除し、同第五項(三)のうち「昼間は鍵をかけて開扉しないので」の次に「下水の流入を止めることができず」とそう入し、「保健所の注意により漸く修理をした」の「をした」の部分を削除しその次に「して下水の流入を止めた」とそう入する。

と述べ、

被控訴代理人は、当審において、抗弁(四)として、仮に控訴人が前記転貸を承諾しなかったとしても、控訴人は、被控訴人亀山が本件建物を被控訴会社に使用させる目的で賃借したことを知っていたもので、転貸によって占有の実態が変ったわけでもないから、無断転貸を理由として解除するに足る背信性がなく、又は権利の濫用として解除は効力を生ぜず、控訴人が被控訴会社に対し明渡を求めることも、信義則違反又は権利の濫用として許されない。

と述べ(た。)

証拠≪省略≫

理由

一  控訴人が別紙物件目録記載の建物(以下「本件建物」という。)を所有していること、被控訴会社が右建物を昭和四四年七月三一日頃以降占有していること、控訴人が被控訴人亀山に対し被控訴会社への無断転貸を理由として同日右建物についての賃貸借契約を解除する旨の意思表示をなし、該意思表示がその頃同人に到達したことは、いずれも当事者間に争いがなく、控訴人が昭和四四年一二月一二日の口頭弁論期日において被控訴人亀山の不信行為を理由として同被控訴人に対し右賃貸借契約を解除する旨の意思表示をなし、該意思表示がその頃同人に到達したことは、記録上明白である。

二  ≪証拠省略≫を総合すれば、昭和四一年九月八日、控訴人は被控訴人亀山に対し、本件建物を飲食店(バー)に使用させる目的で、原判決摘示の請求原因第一項記載の約定で賃貸した事実が認められ(る。)≪証拠判断省略≫

三  被控訴人ら主張の被控訴人亀山が本件建物を被控訴会社に転貸するについて控訴人がこれを承諾した事実については、本件全証拠によってもこれを認めるに足りない。

四(一)  ≪証拠省略≫を総合すれば、被控訴会社は、飲食店(バー)経営の目的で、被控訴人亀山、被控訴会社代表者ビリー、訴外川中直江の三名が共同して設立した会社で、本件賃貸借契約を結ぶ当時は設立準備中で、右契約成立直後成立し、そのような関係で被控訴人亀山が右会社の代表者になったこと、本件建物の賃料は、遅くとも昭和四三年八月三一日以降は、被控訴会社名義で支払い、かつ、その領収証にもその旨の記載がなされていたのに、控訴人はこれを認めながら特段の異議を述べず、又、遅くとも昭和四三年一一月一九日以降、被控訴会社は、本件建物の内外の造作、本件建物内の営業用の什器及びピアノの火災保険契約者となり、かつ、控訴人はこれを知りながら特段の異議を述べなかったこと、控訴人は本件建物の前記賃貸借の直後から被控訴会社代表者であるビリー・コスビー・ランビー(以下「ビリー」という。)が本件建物内でのバー「ジェリコ」の経営に加わっていることを知っており、被控訴人亀山が死亡した場合にビリーがその地位を承継することを認めていたこと、以上の事実が認められ、右認定に反する領収証の名義人が被控訴会社になっていたことは控訴人が英語を解しないために知らなかった旨の≪証拠省略≫は、たとえ控訴人が英語を解しないにしてもその記載が英語でなされていること及びビリーが右のように経営に加わっていることを控訴人が知っていたことから当然ビリーとの関係を推測しえたことを勘案すると、にわかに措信できないし、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

(二)  右認定したところによれば、控訴人は、本件建物でのバー経営にビリーが参画すること自体には異存はなく、しかも、被控訴会社が賃料支払の名義人及び火災保険契約の当事者となることに反対しなかったものであるから、無断転貸を理由に賃貸借契約を解除し、さらに所有権に基き被控訴会社に本件建物の明渡を求めることは、信義則に反し許されないと認めるのが相当である。

五(一)  ≪証拠省略≫を総合すれば、当初、被控訴会社は、本件建物に防音装置が施されていないのにもかかわらず深夜に至るまで主にビリーが高声で歌うなど、近隣住民の生活の平穏に意を用いなかったことから、これら多数の者の抗議を受け、その後、防音装置をしたため、近隣住民への影響はなくなったが、本件建物の真上(二階)の居間に居住する控訴人の母親は、本件建物内の深夜の騒音により不眠を訴えて転居し、その後に右居間に居住するようになった訴外渡辺和洋もこれを気にしている現状であるが、、被控訴会社としては以前にもまして深夜における騒音の規制には気を配り、客観的には、最近は右居間においても騒音とは感じられないほどに改善されている事実が認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

(二)  ≪証拠省略≫を総合すれば、ビリーは、被控訴会社従業員に暴行を加え、さらに仲裁に入った被控訴人亀山にも暴行を加えたため、パトカーがかけつけ、ビリーは警察官の取調を受けるに至ったことがあった事実が認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

(三)  ≪証拠省略≫を総合すれば、昭和四四年六月頃、本件建物内から水が流れ出して隣家の洋服業経営訴外渡辺和洋方の床下に水がたまり、営業用洋服生地にしみが付くなどの損害を与え、ビリーとしても一応水道局に連絡はしたが、修理工事を厳重に催促するなどの責任ある態度を取らなかったため、その修理が遅れ、約三箇月間もの間、右渡辺方床下に水がたまり続け、被控訴人亀山としては被害弁償の意思を有しているものの、右渡辺が損害賠償の請求をしないため依然として未解決のままである事実が認められ(る。)≪証拠判断省略≫

(四)  以上(一)から(三)までに認定した諸事実によれば、騒音及び水漏れは、被害者らにとっては受忍し難いものであるに違いないが、水漏れについては渡辺において加害者に損害賠償すればある程度事後的救済が可能であるし、騒音については、被控訴人らの誠意も認められ、又、客観的にも事態は改善されており、前記認定したように本件建物を飲食店(バー)に使用する目的で賃貸借契約を締結した以上、現在程度の多少の騒音は貸主たる控訴人においても当然予測すべきことであり、又、暴行の件については、控訴人にさほど影響を与えるものではなく、結局、以上の点を総合すれば、右(一)から(三)までに認定した諸事実のみでは、被控訴人亀山に、右賃貸借契約の継続を著しく困難ならしめるような不信行為があったとは認め難いから、これを理由とする控訴人の前記解除の意思表示は、効力を生じない。

六  したがって、控訴人と被控訴人亀山との間の前記賃貸借契約が終了し、かつ、控訴人が被控訴会社に対し本件建物の明渡を求めうることを前提とする控訴人の主張はその余の判断をするまでもなく理由がなく、控訴人の本訴請求を棄却した原判決は相当であって、本件控訴は理由がない。

よって、本件控訴を棄却すべく、控訴棄却につき民事訴訟法第三八四条第一項、訴訟費用の負担につき同法第九五条、第八九条の各規定を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 岡田辰雄 裁判官 三井哲夫 高野昭夫)

〈以下省略〉

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